万葉集のふるさと氷見

氷見は 万葉集のふるさとだったのですね。


はじめに

■母校の校歌は「縁も深き万葉の 夢漂わす 有磯海」。
そして「氷見市高岡市組合立西條中学校」と言う長い名称である。 私にとっては、校歌も組合立も理解できなかった。 体育館には「布施乃湖遊覧之図」だったと思う巨大な絵が掲げられていた。 小舟に昔風の男が立っていて花を眺め、そして娘さんを連れていた。

家持(やかもち)と遊行女婦土師(うかれめはにし)だろう。
土師といえば埴輪を作る人らしいが、土葬が流行しなくなってからは、 セレモニー・センターに商売替えしたのだろうか。今、氷見には 古墳が多く発見されている。 しかしその後、職を失った土師の末裔はコンパニオンになったのだろうか。

公園

■こんな感じで思いを馳せ、このページを作りました。
学術的とか正確な解釈では無く、あくまで私のフィクションです。 氷見市を中心としましたが、通勤途中の高岡市をはじめ、 勤務先の新湊市に縁があれば、それもこのページの範囲内としました。 従って、学者さんや受験生・学生さんは、このページを信用しないで下さいね。 私はただ、難解な解説より「氷見弁」の方が分かり易かっただけ、なのでしたから。


万葉のふるさと氷見

■万葉集全20巻4,516首の歌のうち、家持の歌が約480首あるが、 その約半数に当たる224首(年間約45首のペース)が越中在任中、5年間の作と言われている。
越中在任以前の歌は14年間で164首(年間約12首のペース)、 越中在任以後の歌は9年間で92首(年間約10首のペース)と言う。 従って、よっぽど越中がお気に入りだったらしい。

■万葉集に出てくる地名数は約160と言われているが、 そのうち、家持をめぐる人々により、越中関係は約140と目だっている。 この約160とは、歌・題詞・左注も含めてであるが、 氷見関係は、そのうち約50を占めると言う。
また、歌に絞ると越中関係は約95首であるが、 そのうち32首が氷見関係であり、圧倒的に集中しているのであった。
(以上は「氷見の万葉と郷土文学(氷見市教育委員会)」より抜粋・加筆を行った。)


氷見弁で読む万葉集(巻17〜巻19)


十二町潟について

■かつての「布勢の水海」も、今は見る影も有りません。

■関連:氷見の十二町潟窪の新川物語


万葉集の作者について

■作者です。水垣さんのページにリンクします。

大伴家持 守大伴宿禰家持かみおおとものすくねやかもち
大伴書持 大伴宿禰書持おおとものすくねふみもち
土師道良 史生土師宿禰道良しようはにしのすくねみちよし
秦八千嶋 大目秦忌寸八千嶋だいさかんはだのいみきやちしま
大伴池主 掾大伴宿禰池主じょうおおとものすくねいけぬし
田辺福麻呂 造酒指令史田辺福麻呂さけのつかさのさくわんたなべのさきまろ
内蔵縄麻呂 次官内蔵忌寸縄麻呂すけくらのいみきなはまろ
久米広縄 掾久米朝臣廣縄じょうくめのあそみひろなわ

■氷見にゆかりの 登場人物の紹介はこちらです。

■官位の覚書き。(ここをクリックしてね!)

国司の官位について。
守(かみ)・介(すけ)・掾(じょう、大掾・少掾)・目(さかん、大目・少目)が有る。
司の官位について。
長官(かみ)・次官(すけ)・判官(じょう)・主典(さかん)が有る。
八色姓(やくさのかばね)について。
真人(まひと)・朝臣(あそみ)・宿禰(すくね)・忌寸(いみき)・ 道師(みちのし)・臣(おみ)・連(むらじ)・稲置(いなき)が有る。


あとがき

■共通語を氷見弁に、と思ったが、なかなか翻訳出来なかった。 しかし、自分が心に思った事は、氷見弁で簡単に喋る事が出来る。 一体、どうした訳だろうか。
やっと探り当てた氷見弁も、今度は活字にならない。 例えば共通語「ああ言うと、こう言う。」を氷見弁に変換すると 「あ〜(ah)ゆゐわ〜(yuwyah)、こ〜ゆ〜(kohyuh)」となるが、ちょっと変である。

■このページを作っている内に、分からない事がだんだん増えました。 図書館や歴史館に通ったり(参考文献)しました。 また、現地で考え込んでしまった事もあります。 のめり込んでしまいそうなので、中途半端ですが、こんなページになってしまいました。

■このページを作るに当たり、 水垣さんのページを参考にしました。 この人は凄いと思います。従って、原文・正確な解釈・作者とか歴史については、 そちらを見て下さいね。


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