氷見は 万葉集のふるさとだったのですね。
|
|
|---|
はじめに
|
万葉のふるさと
|
氷見弁で読む万葉集(巻17〜巻19)
|
十二町潟について。
|
万葉集の作者について。
|
あとがき
|
関連ページへのリンクです。
|
■母校の校歌は「縁も深き万葉の 夢漂わす 有磯海」。
そして「氷見市高岡市組合立西條中学校」と言う長い名称である。
私にとっては、校歌も組合立も理解できなかった。
体育館には「布施乃湖遊覧之図」だったと思う巨大な絵が掲げられていた。
小舟に昔風の男が立っていて花を眺め、そして娘さんを連れていた。
■
家持(やかもち)と遊行女婦土師(うかれめはにし)だろう。
土師といえば埴輪を作る人らしいが、土葬が流行しなくなってからは、
セレモニー・センターに商売替えしたのだろうか。今、氷見には
古墳が多く発見されている。
しかしその後、職を失った土師の末裔はコンパニオンになったのだろうか。
■こんな感じで思いを馳せ、このページを作りました。
学術的とか正確な解釈では無く、あくまで私のフィクションです。
氷見市を中心としましたが、通勤途中の高岡市をはじめ、
勤務先の新湊市に縁があれば、それもこのページの範囲内としました。
従って、学者さんや受験生・学生さんは、このページを信用しないで下さいね。
私はただ、難解な解説より「氷見弁」の方が分かり易かっただけ、なのでしたから。
■万葉集全20巻4,516首の歌のうち、家持の歌が約480首あるが、
その約半数に当たる224首(年間約45首のペース)が越中在任中、5年間の作と言われている。
越中在任以前の歌は14年間で164首(年間約12首のペース)、
越中在任以後の歌は9年間で92首(年間約10首のペース)と言う。
従って、よっぽど越中がお気に入りだったらしい。
■万葉集に出てくる地名数は約160と言われているが、
そのうち、家持をめぐる人々により、越中関係は約140と目だっている。
この約160とは、歌・題詞・左注も含めてであるが、
氷見関係は、そのうち約50を占めると言う。
また、歌に絞ると越中関係は約95首であるが、
そのうち32首が氷見関係であり、圧倒的に集中しているのであった。
(以上は「氷見の万葉と郷土文学(氷見市教育委員会)」より抜粋・加筆を行った。)
■かつての「布勢の水海」も、今は見る影も有りません。