私や氷見人は、祭りが好きらしい。
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はじめに
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奇祭まるまげ祭・ごんごん祭です。
お稚児さんも上がります。
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漁師町(北四町)の唐島祭です。
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無病息災を願う祇園祭と
曵山・曳山倉
について。
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商業祭ひみまつりについて。
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旧町名について。(祭を理解するために)
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関連ページへのリンクです。
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■ナンダカンダと言いながら、氷見人は祭りが好きらしい。
祭りには、曰く因縁・故事来歴が有ると思うが、そんな事はどうでも良い。
とにかく、おおっぴらに酒が飲めるのである。酒もまた、厳粛な神事と思っているらしい。
■変な祭り、と思われるかも知れない。
しかし、「病気になりたくない・田圃に水が欲しい」と言う願いは、
純真・素朴な氷見人にとっては切実であったろう。
そう言えば、「お嫁さんになりたい」と言う祭りも有ったっけ。
■久し振りの土日(平成16年4月17日)だったので、まるまげ祭を見てきました。
その昔、芸妓さん達が、いずれは幸せな結婚をと願い、
日本髪の「まるまげ」を結って、千手寺(幸町)の観音様に願掛けをしたのが由来らしいのです。
■最近の宴会はコンパニオンかカラオケですが、私達の若い頃では、機嫌が良いと芸妓さんを呼びました。
置屋さんから大抵3名(踊りの若い娘、唄のお姐さん、三味線のお婆ちゃん。)の1セットが派遣されます。
当時の芸妓さん達は、氷見で100〜150人も居たと言うから、出費はそんなに気にしなくても良かったのでした。
私達がアマチュア無線を始め出し、朝日山で公開運用を行っていた時にも訪問され、感動した思い出があります。
しかし、その芸妓さんも5名に減ってしまう。
■昭和62年から県内各地からの若い女性の一般公募を始め、観光協会の力添えで復活したらしい。 祭り当日は、花笠童子・太鼓台・お稚児さん・御輿・雅楽人・まるまげ孃(約40名)の順で行列が続きます。 今年(平成16年)のお旅所「旅館稲六」から中心商店街などを通り、石段を登って「千手寺」まで練り歩く。 そして、朝日山の「千手寺」に辿り、真言宗の勤行、護摩の修法と続くのです。
■友人の娘さん、国際交流員・ひみマリンメイツ・氷見市長さんも加わり、楽しい日々を過ごさせて頂きました。
また、カメラを通じて知り合った方々との交流も思い出となるでしょう。
兎に角、天気が良かったのは最高でした。どうか「幸せな結婚を!」と。
■平成17年は、あいにく見学できませんでしたが、従来の定員(約40名)を上回る52人のまるまげ嬢が参加し、
出発地点も氷見漁港からとなったそうです。
■最近(H14.4/18)は、親戚の招待が都合で無くなったので、 久々に雨乞いの満願成就を祝う「ごんごん祭」に出かけた。 この祭りは、今で言う地球温暖化・環境破壊防止の先取り祭り(?)でしょうね。
■例によって参道は、ごった返しで前に進めない。昔と違って女子(小学〜高校)が目出った。 誰も振り向かない露店商と、行列の出来る「かすてら・ドンドン焼き」とが対象的であった。 後で聞くと、氷見の若い人では常識だという。 でも昔は「笹飴」が常識だったのに、今は見かけ無くなった。
■例の鐘撞「ごんごん」は昔は飛び入りだった。平成12年から市が企画する事になり、 今年からコンテスト形式(1分間の有効打数)となったと言う。 私が出向いた時は既に終わっていたが、 その代り元気なおばさん・お嬢さんが鐘を衝いており楽しませてくれた。(写真参照)
| 第1位 | 谷内光男 | 46回(同点決勝) |
| 第2位 | 林 清春 | 46回 |
| 第3位 | 早川 俊 | 45回 |
■お稚児さんには冠(かんむり)が定番なのに、撮影以外は殆んどが着用していない。 親が苦労して着飾ったのに、子供達には「いじくらしい」のであった。
■「唐島大祭」(H12.5/3)で、今町・湊町・浜町・中町の「合同獅子舞」を見た。 今町の「ミニ獅子舞」も楽しかった。
■この日、中町(丸の内)の光禅寺から、弁財天の小像(二体)が唐島へ渡御(12:00)され、 この像は一晩安置され四日に寺へ戻されると云う。 遊覧船への同乗を考えたがカメラも持参していなかったし、定員オーバーの様子なので、乗れそうにも無かった。
■三日は、浦方三町(今町・湊町・浜町)の名取社の祭礼でもある。 その後、浦回(うらわ)の町(新町・中町・本川)からも獅子舞 が出て計六町の祭となったと云う。 現在では、中町・今町・湊町・浜町の四町となっている。